342. 請求項の有効性の判断基準と技術的範囲の解釈基準とを混同してはならない

特許法第104条の3の新設(そして、第104条の4の追加によるダブルトラック問題への対処)までの長期間にわたって、特許権侵害訴訟において、 裁判所は特許権の有効/無効の判断をまずは特許庁に委ねるという建前であった。その建前のもとで、意味内容が不明確と思われたり、無効と思われる請求項を前提にしては侵害判断もできないはずであっても、 訴訟事件に関して妥当な判決を早期に出さねばならないという、 矛盾した要請のもとで、特許権の「有効性の判断」と「技術的範囲の判断」を一体的に処理した判例が、積み重ねられてきた
その結果、次のような大きな矛盾を抱えた特許実務が行なわれてきていた。(参考サイト1を参照)

(矛盾1) 請求項に記載の発明の技術的範囲の解釈が存在していて初めて、その請求項の技術的範囲についてのサポート要件や実施可能要件や新規性・進歩性の要件による有効性判断ができるはずなのに、 「請求項が有効と言える範囲に技術的範囲を限定解釈する」という本末転倒の裁判実務が横行していた。

(矛盾2) 「請求項が有効と言える範囲に技術的範囲を限定解釈する」という本末転倒の過去の長期間の裁判実務の蓄積が、特許法第70条1項と2項の存在があってもなお、 「請求項に記載の発明の技術的範囲」を、実施例に根拠不明な限定レベルで限定解釈する裁判実務や特許実務を生み続けており、特許権の権利範囲を大変にわかりにくくしており、 何のために特許請求の範囲を設けているのかがわからないというような事態となっている。

(矛盾3) さらには、同一の請求項であってもその技術的範囲の解釈を審査・審判での権利付与の過程では「発明の要旨」と称して、請求項の記載よりも広く解釈し、侵害訴訟での 裁判の過程では「クレーム解釈」と称して、請求項の記載よりも狭く解釈するという矛盾した実務が横行している。(参考サイト2参照)

矛盾1から矛盾3の発生原因は特許権の「有効性の判断」と「技術的範囲の判断」を一体的に処理していたことにある。このような一体的な処理を正当化するために、 請求項の有効性の判断基準である特許法第29条や第36条を、請求項の技術的範囲の判断基準としても使用してきたと言える。(参考サイト3参照)
したがって、矛盾1から矛盾3を解消するためには、請求項の有効性の判断基準と技術的範囲の解釈基準とを混同しないことが必要である。

混同しないためには、次の(1)と(2)と(3)が必要である。
(1)請求項の有効性判断基準である特許法第29条や第36条等を、請求項に記載の発明の技術的範囲の解釈の根拠条文としては、用いない。
(2)請求項に記載の発明の技術的範囲の解釈が、技術思想のレイヤーの範囲だけで完結できるように明細書を記述する。
(3)請求項が無効と判断されたならば、技術的範囲の解釈の対象としない。すなわち、出願人が補正や訂正によって請求項を有効な範囲に設定しないのであれば、 裁判所において請求項を実施例に限定解釈して有効な範囲を設定するような手間をかけずに、権利範囲=0としてしまう。



請求項に記載の発明の技術的範囲の解釈が、技術思想のレイヤーの範囲だけで完結するためには、請求項記載の発明の目的・構成・作用・効果を技術思想のレイヤーのみで、 説明しなければならない。
【発明が解決しようとする課題の欄】と【課題を解決するための手段】の欄から構成される【発明の開示】の欄に、「本欄のみにて請求項に記載の発明の技術的範囲を定める」との宣言的文章を入れることも必要と考える。

技術思想のレイヤーだけで、請求項に記載の発明の技術的範囲の解釈を完結できる記載形式を明確にするために、 下記の表に技術思想レイヤー、一般論レベルの設計書レイヤー、具体論レベルの設計書レイヤー、現実の製品やサービスのレイヤーという4階層に区分して、【従来技術】、 【従来技術の問題点】、【目的】、【構成】、【作用】、【効果】という発明の説明の要素を列挙し、解説した。
明細書を作成する際には、下記の表を参照して、各レイヤーごとに発明の説明が完結するように意識することが、広くて頑健で理解容易な特許権の獲得には必要である。

従来技術 従来技術の問題点 目的(解決しようとする課題) 構成 作用 効果 コメント
技術思想レイヤー(原理、思想、アイデア) 個々の従来技術の問題点の原因分析に基づいて問題解決のために個別的に設定した課題を上位概念化(抽象化)して把握した【発明が解決しようとする課題】 【技術分野】の欄に記載の「本発明」、

【請求項】に記載の「発明」、

【課題を解決するための手段】の欄に請求項ごとに記載する「手段」

【課題を解決するための手段】の欄では、 請求項での重要な用語の定義を記載するとともに、その用語の下位概念を限定列挙することが必要である。この下位概念の限定列挙の中で、実施の形態との対応関係を示すことも必要である。
【課題を解決するための手段】の欄に請求項ごとに記載する「作用」 【課題を解決するための手段】の欄に請求項ごとに記載する「効果」、

【発明の効果】の欄に記載する「効果」
このレイヤーは数学的に言うと、具体的な関数形を定める背景となる技術思想を定性的に記述したものと言える。

1.【技術分野】の欄での「本発明」には、【請求項】に記載の「発明」の「特別な技術的特徴」を記載し、【発明の効果】の欄には本発明の効果を記載する。

2.【請求項】に記載の発明の技術的範囲は、技術思想レイヤーでの目的・構成・作用・効果の説明(用語定義と用語の下位概念の例示列挙を含む)の範囲のみを用いて、解釈すべきである。

3.【発明の実施の形態】の欄や【実施例】の欄の記載ならびに公知技術等は、【請求項】の技術的範囲に対して特許権を付与することの有効性の有無の判断にのみ使用すべきであり、 【請求項】の技術的範囲の解釈に用いるべきではない。 なぜならば、特許法第29条にしても、第36条にしても、【請求項】の技術的範囲における特許権の有効性の判断基準として規定されているが、技術的範囲の解釈の判断基準としては規定されていないからである。 しかも、特許発明の技術的範囲の解釈の基準は特許法第70条に規定しているからである。さらに言えば、技術的範囲の解釈ができて初めて、その技術的範囲に特許権を付与することの有効性の判断ができるのであるから、 有効性の判断基準の要素である【発明の実施の形態】や【実施例】を技術的範囲の判断の基準に使用できるはずがないのである。
有効性の判断基準と技術的範囲の判断基準を混同しないためにも、サポート要件という特許権の有効性の判断基準の1つとなるものである【発明の実施の形態】や【実施例】は【請求項】に記載の発明の技術的範囲の解釈には用いるべきではない。
一般論レベルの設計書レイヤー(普通名詞や変数で記述) 公開特許公報に記載の【実施の形態】を従来技術として挙げているもの。

デバイスや物質の一般名称を用いて記述された論文。
公開特許公報に記載の【実施の形態】や、デバイスや物質の一般名称を用いて記述された論文に記載の技術の問題。 【実施の形態】や【実施例】や論文レベルなどの抽象度のレベルで記述された問題の原因分析をして得た解決すべき具体的な課題。 【実施の形態】 【実施の形態】の作用 【実施の形態】の効果 このレイヤーは、数学的に言うと関数形を示すレイヤーとも言える。例えば、z=ax+by+cという関数形を示すが、係数であるa,b,cは変数のまま、その関数の特性を論じるというものである。
具体論レベルの設計書レイヤー(固有名詞や数値で記述) 数値や固有名詞を用いて記述した【実施例】や、具体論レベルの設計書や、設計書の内容を含む論文など。 数値や固有名詞を用いて記述した【実施例】や、具体論レベルの設計書や、設計書の内容を含む論文などに記載の技術の問題。 数値や固有名詞を用いて記述した【実施例】や、具体論レベルの設計書や、設計書の内容を含む論文などに記載の技術の問題の原因分析をして得た解決すべき具体的な課題。 【実施例】、
製品の設計書
【実施例】の作用 【実施例】の効果 このレイヤーは、数学的に言うと、例えば、z=ax+by+cという関数形を示すだけでなく、係数であるa,b,cの組について、具体的な数値を示して、その関数の 特性を論じるものに相当する。
現実の製品やサービスのレイヤー 製品 製品の作用 製品の効果 このレイヤーは、審査や審判の段階では公然実施技術を構成するし、特許権侵害訴訟の段階では侵害品を構成する。いずれにしても、請求項と比較することになるが、 比較するためには請求項の属するレイヤーである技術思想レイヤーとのギャップを埋める必要がある。


【参考サイト】
1. 発明の要旨の認定と技術的範囲の解釈,さらに均等論の活用  パテント2011 Vol. 64 No. 14
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201111/jpaapatent201111_057-070.pdf

2. 発明の要旨認定と技術的範囲の確定におけるクレーム解釈について パテント2012 Vol. 65 No. 3
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201203/jpaapatent201203_053-061.pdf
3. U.我が国における特許クレーム解釈に関する規定
http://www.lotus-office.net/Claim.pdf

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