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358. センシングデータの所有権と知的財産権について

センシングデータに発生し得る基本的な権利としては、所有権と知的財産権がある。 センシングデータの利用範囲を制限するものとしては、プライバシー保護,肖像権,営業秘密の保護,契約に基づいた守秘義務や目的外使用の禁止規定などがある。

1. センシングデータの所有権について

所有権については、民法206条にて「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」と規定している。
そして、民法85条にて、所有権の客体である「物」は有体物であると規定している。
形があるモノは、民法でいう有体物であるが、電気のような管理可能なものも、管理可能性説に従った判例によって一般に有体物とされている。(大刑判明36・5・21刑録9輯874頁、大判昭12・6・29民集16巻1014頁)(参考サイト1)
画像データを有体物とした判例も存在する。(参考サイト8)
また、民法の特別法にて「物」の範囲を情報にまで拡張している場合がある。例えば、平成14年4月17日法律第24号による特許法等の改正にて、特許法第2条3項1号において「プログラム等」も「物」であると定義された結果、 プログラムも、特別な構造のデータも特許法上は「物」として取り扱われるようになった。
その結果、プログラム等の譲渡、貸し渡しも発明についての実施行為として規定された。これは、プログラム等に所有権が存在していることを前提にした規定である。
プログラム等は、情報の1つの形態であるので、これは、民法の特別法である特許法が「情報の所有権」を前提にしていると言える。

管理可能性説によったとしても、「情報は財物とは認められない」としている学説や論文が確かに散見される。 これらの学説や論文は、新薬産業スパイ事件(東京地判昭59・6・28判時1126・3)では「媒体に化体されていてこそ情報は、管理可能であり、本来の価値を有している」との昭和59年(1984年)の判示 を根拠にしている。

しかし、平成14年(2002年)4月17日法律第24号による特許法等の改正は、プログラム等という情報が管理可能であり譲渡や貸し渡しなどの客体としての「物」に該当するとしたのであるから、 新薬産業スパイ事件での判例の核心部分「媒体に化体されていてこそ情報は、管理可能であり、本来の価値を有している」は、明確に否定されたのである。
民法85条での所有権の客体としての「物」については、「有体性説」も管理可能性説の中の「物理的管理可能性説」も否定され、「事務的管理可能性説」のみが肯定されたと言える。


すなわち、管理可能性説の中の事務的管理可能性説に従うと、所有権の客体である「物」には管理可能なデータも含まれることになる。
これは、データの管理システムが一般的に広く存在している実態や、多くの契約等において、データを所有権の客体として取り扱っている実態からも言える。(参考サイト2、3、4)
データに所有権を認めることで、データの発生からデータ取引契約成立前までの間であっても、データの権利者と権利内容が確定できるので、データ取引契約の交渉途上で発生する さまざまな異常事態(交渉当事者の死亡、交渉の決裂等)があっても権利関係の混乱を少なくできる。すなわち、データが移転したが契約が締結できないという事態になっても、 データ所有権に基づいて相手方によるデータ使用などを差し止めることができるので、データに関して債権しか認めない場合よりも、データの取引きに安心感が発生し、 それがデータの取引を活発化させる。

また、民法88条1項には、「物の用法に従い収取する産出物を天然果実とする。」と規定しており、民法89条1項には、「天然果実は、その元物から分離する時に、これを収取する権利を有する者に帰属する。」 との規定がある。

ここで、センサとセンシングデータの関係を考えてみる。
センサは管理可能な存在であるので、所有権の客体としての「有体物」に該当する。
センサを用いて得られるセンシングデータは、センサの用法に従って収取される管理可能な「物」であるから、民法88条1項でいう「天然果実」に該当する。
センシングデータは、民法88条1項での天然果実に該当するのであるから、民法89条1項に基づき、センサから出力される時にセンシングデータを得る権利を有する者に帰属する。
したがって、センサの所有者が契約によってセンサから出力されるセンシングデータを取得する権利を他人に与えていない限り、センサの所有者にセンシングデータの所有権が帰属する。
センサの所有者が契約によってセンシングデータを取得する権利を、他人(例:センサの運用者、センサの借用者)に与えておれば、それらの他人にセンシングデータの所有権が帰属する。
センシングデータの所有者は、民法206条に基づいて、センシングデータの使用、収益および処分をする権利を有することになる。

2. センシングデータの知的財産権について

センシングデータに人間の思想・感情の創作的表現が含まれておれば、著作物となり著作権による保護が受けられる。
現実問題としては、監視カメラで取得される画像や動画については写真の著作物や映画の著作物としての著作権が発生する場合もあり得るが、著作物とは言えない場合の方が一般的である。
特殊なセンサの発明に関連して特別な構造のセンシングデータについて特許権が認められる場合もある。

3. 設備や装置(例:車両、コンピュータ、住宅、スマートフォン)に付随したセンサが出力するセンシングデータの所有権について

民法87条1項は、「物の所有者がその物の常用に供するため、自己の所有に属する他の物をもってこれに附属せしめたるときは、その附属せしめたる物を従物とする」と、 規定している。
そして、民法87条2項は、「従物は、主物の処分にしたがう」としている。
したがって、設備や装置(例:車両、コンピュータ、住宅、スマートフォン)に付随したセンサについて言えば、設備や装置は民法87条での「主物」に該当し、その設備や装置に付随したセンサ は、民法87条でいう「従物」に該当する。すなわち、設備や装置を購入してその所有権を得た者は、設備や装置に付随しているセンサの所有権をも得ていることになる。
そして、そのセンサが動作して生成するセンシングデータは、民法88条1項でいう「天然果実」となるので、設備や装置の所有者に、センシングデータの所有権は帰属する。 設備や装置(例:車両、コンピュータ、住宅、スマートフォン)に付随したセンサが、その設備や装置の構成物と言えるほどに一体性があれば、もちろん設備や装置の所有者は その設備に付随したセンサの所有権も得ていることになる。

4. センシングデータの複製物の所有権について

センシングデータの所有者は、民法206条によりセンシングデータについて、「法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」 ということである。
したがって、そのセンシングデータの知的財産権を他の者が有している場合や契約によってセンシングデータの複製物の作成等が禁止されているという場合等 でなければ、センシングデータの所有者はセンシングデータを複製して、それを使用したり販売したりできる。


センシングデータに関する権利を規定する法体系にまだまだ不備があるという意見も存在する。(参考サイト5、6)
しかし、それらの意見が想定しているケースの大部分は、明確な権利処理をすることなくデータ流通をさせて収集したビッグデータの権利関係が不明確になってしまった場合 である。すなわち、これらの意見が前提としているケースの大部分は「センシングデータ流通市場」によって明確な権利処理をしながらセンシングデータを流通させることで 解消させることが可能と考える。センシングデータ流通市場に関する技術の例については、参考サイト7を参照のこと。


センシングデータの所有権を有する者であっても、そのセンシングデータについて、プライバシーの保護、肖像権、営業秘密、契約に基づいた守秘義務や目的外使用禁止等に よる利用制限が加わる場合がある。特にセンシング対象が他人である場合にこの問題が大きい。しかし、これはセンシングデータの所有権の問題ではなく、センシングデータの 利用制限の問題であることに留意が必要である。センシングデータの利用制限を主張できる者とセンシングデータの所有権を有する者の間での契約によって、 センシングデータ流通の対価の分配内容を取り決めて、センシングデータの利用制限の範囲を緩和することもできる。
センシングデータの利用制限の問題等についての論点をまとめた報告書も存在する。(参考サイト9)
センシングデータの利用制限の内容をメタデータとして明確に記述した上で、センシングデータの所有権を有する者がセンシングデータ流通市場にセンシングデータを提供して その利用制限に合致した範囲の利用を可能とするセンシングデータ流通のアーキテクチャも存在する。(参考サイト7)
IoTの進展に伴い、解決すべき法的課題もさらに発生するが、それらを世界に先駆けて日本が解決していくことが望ましい。(参考サイト10)


【参考サイト】
1.民法を学ぶ・基本編1−4 物
http://sky.geocities.jp/gomanobenkyo/mpb/mpb04.htm
2.ライセンス契約.com > データの所有権
http://www.license-keiyaku.com/softwear/ownership.html
3.政府系の機関における「データの所有権」の取り扱いの例
(1)「次世代地球観測衛星利用基盤技術の研究開発」に係る衛星データ利用事業振興実験共同研究公募のお知らせ
http://www.jspacesystems.or.jp/wp-content/uploads/2013/08/H25_business.pdf
(2) 社会資本分野におけるデータガバナンスガイド 平成24 年7 月 総務省 別添 (第34ページに「データの所有権」の記載あり)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000166474.pdf
(3) 国土地理院コンテンツ利用規約 (「PALSARデータの所有権」の記載あり)
http://www.gsi.go.jp/kikakuchousei/kikakuchousei40182.html
(4) 資格制度運用・検討分科会(第二分科会)からの報告 (第31ページに「データの所有権」の記載あり)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/uchi_eco/shindan/home/conf/haifu09/mat02_1.pdf
(5) 各省庁のサイト別の「データの所有権」というキーワードを含むドキュメント
@ 首相官邸
A 内閣官房
B 内閣法制局
C 人事院
D 内閣府
E 復興庁
F 総務省
G 法務省
H 外務省
I 財務省
J 文部科学省
K 厚生労働省
L 農林水産省
M 経済産業省
N 国土交通省
O 環境省
P 防衛省
Q 会計検査院
R 衆議院
S 参議院

4.民間企業等での契約書における「データの所有権」の取り扱いの例
(1) 日本マーケティングリサーチ協会の綱領、ガイドライン
http://www.jmra-net.or.jp/rule/guideline/jmrqs01_03.html
(2) 【サービス提供条件書】SmaBiz! Office 365(無償トライアル版)
http://smabiz.jp/smabiz/office365/policies/pdf/SmaBizOffice365_Free_Trial_Riyo_Kiyaku_20150101.pdf
(3) マイクロソフトオンラインサービス使用権説明書 KDDI 株式会社 2013 年11 月1 日(2015 年4 月15 日改定)
http://media3.kddi.com/extlib/files/corporate/kddi/kokai/keiyaku_yakkan/pdf/microsoft_riyouken_setumei.pdf
(4) フォレンジックスサービス契約書&申込書
http://www.cbltech.co.jp/contract-fs.pdf
(5) 日本の民間企業のサイトにおける「データの所有権」と「契約」というキーワードを含むドキュメント
5.情報の価値を改めて再考察する
http://www.digitalforensic.jp/archives/law/080718.pdf
6.「ビッグデータの法整備、日本先導で」東大・喜連川教授
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1903F_Z10C13A2000000/
7.特許第5445722号  アプリの要求に合致したセンサをアプリに結合する機能
http://www.omron.co.jp/about/ip/patent/17.html
8.「物」の有体物性を緩和している判決例
https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/tizai_housei3/1307-014_04.pdf
9.ITを利活用した新サービスを巡る制度的論点 これまでの議論の整理 (平成27年6月 産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会 IT利活用ビジネスに関するルール整備WG)
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shojo/johokeizai/it_business_wg/pdf/005_s03_00.pdf
10.ユビキタスネットワーク時代における知的財産権の課題と日本の国家戦略
http://www.patentisland.com/memo59.html

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