306. 特許権の獲得の困難性と、特許権の活用の可能性の2つの軸での自社実施特許と基本特許の比較

特許権の獲得の困難性と、特許権の活用の可能性の2つの軸で、自社実施特許と基本特許の2つを比較してみる。
まず、自社実施特許と基本特許を次のように定義する。

自社実施特許とは、自社実施技術を明細書における実施例に記載した上で、自社実施技術のみしかカバーしないであろう狭い範囲の請求項で 権利取得した特許権を言う。
基本特許とは、「発明の効果」をもたらす機能の範囲であれば、考えられる全ての主要な実施技術もカバーする請求項で権利取得した特許権を言う。 したがって、基本特許は回避が困難である。

次に、特許権の活用を次のように定義する。
特許権の活用とは、自社事業に有利になるように他社の活動を特許権を用いて制御することである。

自社実施特許は、特許権の獲得は容易である。なぜなら、自社実施技術だけを明細書に記載しさえすれば良いので、自社実施技術以外の他の実施例を 記述するための競合他社の技術動向の推定や、当該分野での技術発展の予測の努力が出願準備の段階では不要であるからである。
また、出願後における中間処理においても自社実施技術の範囲だけをカバーすれば良いので、ほとんど実施例と同じであると思えるほどに請求項に 限定を加えても良いので、新規性と進歩性を否定されないような請求項の設定は極めて簡単である。
しかし、自社実施特許を活用する事は普通の意味では大変に可能性が低い。なぜなら、自社実施特許は権利範囲が狭いために他社実施技術まで含む事は なかなか無いことになるし、もしも他社実施技術が権利範囲に含まれていたとしても、その立証の負担が大変に大きいためである。
すなわち、自社実施特許では、請求項の構成要素数が多くなるとともに、各構成要素で示される限定条件も多くて、狭い概念のものとなりがちのため である。しかし、もしも自社実施技術が同じ機能を実現する他の技術に比較して大変にパフォーマンスが優れていて、実質的にその自社実施技術でしか 他社も実施できないならば、自社実施特許は回避困難な特許権ということになる。しかし、それでも、自社実施特許は権利範囲が狭いので侵害立証の 負担は大きいままである

基本特許は、特許権の獲得が困難である。なぜなら、基本特許となる基本発明は、解決すべき技術課題や解決のための原理が公知となる前に、他人に先駆けて出願完了して おかねばならないので、発明段階で大変な先見性を必要とする。また、出願後の中間処理段階においても、自社も他社も実施していないにもかかわらず、 その出願の重要性を見抜く目利き能力を発揮して、非目利き者からの疑問の声をはねのけて、権利化の努力をしなければならないし、多数の公知文献との 進歩性や新規性の議論を勝ち抜かねばならないからである。
しかし、基本特許を活用する事は、自社実施特許の活用よりも大変に容易であり、可能性が高い。すなわち、権利範囲が広く、請求項の構成要素数が少ないため 侵害立証の負担が小さいし、相手方は侵害回避が困難なためである。ただし、公知文献を示されて無効を主張される可能性は高い。

このように特許権の獲得の困難性と、特許権の活用の可能性の2つの軸で見る限り、自社実施特許と基本特許は性質が逆になる。

しかし、「自社実施特許のように権利範囲が狭く他社製品をカバーしない特許権について、他社に侵害回避させることに成功しており、自社実施特許 を保持しているだけで事業貢献のための特許権の活用になっている。」という魔法のような理論を展開すると、自社実施特許は特許権の 獲得も容易であるし、特許権の活用も容易であるというミラクルな特許に一挙に位置づけることができる。
しかも、自社実施特許であるから、他社の技術動向の把握という手間も不要で出願もできるというおまけまで付いてくる。
本当に、知財部員にとって、こんなに楽な魔法のような理論が成り立つのであろうか? 本当に自社実施技術だけをカバーする特許権を保持しているだけで事業貢献できているのだろうか? 競合企業が競合企業の独自方式で、自社製品と同じ市場で同じ機能を十分なパフォーマンスで提供して来た場合、自社実施特許を保持しているだけで、自社製品はその市場で 競合製品に勝てるのであろうか? 競合企業の独自方式は自社実施特許の権利範囲に入っていないので、そんな事はあり得ないことは明白である。

自社実施特許も基本特許も一長一短があるので、何に重点を置くかの違いで総合的には大して違いはないというように誤解が生じるかもしれない。 しかし、自社実施特許を中心にした活動をしていると、確実に知財業務は堕落してしまう。実質的な活用のチャンスも無いまま楽な業務に慣れてしまうから、 能力の向上も成功体験を積み重ねながらの進歩もないからである。

比較項目自社実施特許基本特許
特許権獲得の困難性低い高い
特許権活用の可能性低い高い
他社に侵害される可能性権利範囲が大変に狭いので、故意の模倣者以外の製品が侵害する事はほとんど無い。権利範囲が大変に広いので、侵害回避困難である
知財組織能力劣化させる進化させる




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