117. キャノンインクカートリッジ事件の請求項での「用意する工程」という戦略的表現

2006年1月31日に、知財高裁から「平成17年(ネ)第10021号 特許権侵害差止請求 控訴事件(原審・東京地方裁判所平成16年(ワ)第8557号)事件」の判決が出た。
この事件で用いられた特許第3278410は、再生品インクカートリッジ対策を考慮して、十分に 練られた請求項10を有することが、まずは注目に値する。
請求項10は、インクカートリッジの生産方法の請求項であるが、再生品インクカートリッジの生産 工程であっても満足するように、再生品インクカートリッジの生産工程では用いられない工程を、 巧みに請求項からはずすという工夫をこらしている。
すなわち、次のような構造の請求項となっている。

A’〜H’: I’で引用されている液体収納容器の構造を説明した部分
I’液体収納容器を用意する工程と,
J’前記液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と,
K’前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体 を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程と,
L’を有することを特徴とする液体収納容器の製造方法。

特に注目されるのは、構成要件I’の「液体収納容器を用意する工程」である。生産方法の請求項 は、普通の場合、生産工程の各段階を時系列で並べる。しかし、この構成要件I’は、再生品インク カートリッジの生産工程を考慮して、再生工程においてインク注入対象として用意される液体収納容 器が必ず満足する構造をA’〜H’については、その構造の生産工程を示さず、単に「用意する」と いう表現にとどめている部分が、第1の工夫のポイントである。
しかも、この請求項は出願当初から請求項15として存在していたことにも感心する。
また、請求項1における特徴的な構成要素であるKを形成する工程であるK’を、請求項10という 生産方法の請求項において工程として示したことが、第2の工夫のポイントである。

使用済みのインクカートリッジでは、インクが減っているので、請求項1での構成要素Kが満足され ない状態になっているので、再生品インクカートリッジの生産の過程で工程K’を行なうことは、 「特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき 加工又は交換がされた」に該当するので、修理ではなく生産であるとの判決を勝ち得たと言える。

しかし、知財高裁の判決における「特許製品中の特許発明の本質的部分」という概念には、次のような 問題点があると考える。
一つの製品に例えば10件の特許権が同一の特許権者によって取得されていた場合、 その製品のどの部品を交換して使用を継続しても、10件の特許のどれかについて 「特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた」ということに なりかねず、当該製品の修理はほとんど不可能となるという危険が残る。 購入した製品の修理が不可能な状況は、取引の安全を害する事態であると考える。



【参考サイト】
(1) 用尽理論と方法特許への適用可能性について
(2) 特許権の消耗と黙示の許諾
(3) 特許権侵害訴訟判決ガイド(5)
(4) 消尽論と修理/再生産理論に関する日米の判例の状況
(5) キャノン 対 リサイクルアシストのインクカートリッジ特許侵害事件

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