64. 特許戦略における不確定性の利用

特許戦略は、さまざまな不確定性のもとで実行されます。しかし、不確定性を常に悪いものと考えるのではなく、 利用可能な資源の1つとして活用することも必要です。なぜなら、特許戦略には不確定性がつきものであり、 それは決して取り除けないものだからです。

不確定性は、特許戦略のさまざまな段階や項目において存在します。例えば、次のようなものです。

(1)発明者が誰であるかということについての不確定性があります。特許出願時には、何が特許要件を満足する 発明であるかについては、発明者や出願人の主観で決めます。出願時には発明ではないと思っていた事項が後から 有益な発明となったり、逆に、重要な発明であると思っていたものが新規性すらないものであったことが後から わかることもあります。何が価値ある発明であるかが不確定ですので、発明者として挙げるべき人に関しても不確 定性が存在します。
(2)他にも、開示された発明が実施可能要件を満足しているかどうかについての不確定性もあります。
(3)請求項に記載している発明の技術的範囲の不確定性があります。
(4)その特許出願が特許査定になるかどうかに関する不確定性もありますし、特許権として成立しているもので も、無効になる可能性が残りますので、権利維持がされるかどうかという不確定性があります。
(5)また、特許権侵害訴訟で勝てるかどうかに関する不確定性もあります。
(6)対象製品が侵害といえるかどうかについての不確定性もあります。特に請求項の記載があいまいであった場 合や、均等論の適用の可能性がある場合にもこれらが問題になります。
(7)特許権者が、特許権の譲渡によって変更されるかもしれないとの不確定性もありますし、譲渡された場合に 、新しい特許権者と自分との特許パワーバランスの不確定性もあります。
このような不確定性の存在が、調査や鑑定の必要性をもたらします。調査や鑑定で不確定性を減少させることがで きるのは確かですが、調査や鑑定は時間と費用を多く発生させますし、調査や鑑定を行なっても減少させられない 不確定性も多くあります。例えば、公開前の特許出願の情報や、特許権の譲渡先がどこになるのかという情報など は、調査や鑑定をしてもわからないものです。

不確定性が大きいケースの場合、そのケースを担当する組織を支配する価値観が行動や成果に大きな影響を与えま す。端的に言うと、相手の特許権や組織や方針についての情報が不足しており不確定性が高い場合に、相手から逃 げるという行動に出るか、キーポイントを調査して相手を見極めて対処するという行動に出るかというように、行 動に差が出ます。

また、自分の特許権のパワーがどの特許によって構成されているかを十分に認識していないと、単に自社の製品で 実施しているということだけで、その特許権を重要なものと判断してしまいます。その実施が、単に特定の1つの 顧客用の一時的な機能に関するような場合もあるなら、自社で実施しているというだけでは、特許権のパワーを構 成する重要な特許権とは言えません。そう考えると、他社での実施の状況や、技術の発展の方向というなかなか明 確には判断したり、情報を入手できない事項に依存して重要な自社特許権を判別しなければならないので、自社の 特許パワーすら、不確定性が大きいということになります。

そうすると、相手と自分について不確定性の小さい状況にある者の方が、相手と自分について不確定性を多く抱え る者よりも、戦う場合にはコストや行動に要する時間の面で有利であるということになります。

例えば、特許権を他社から購入してでも強力なパテントネットワークを形成する戦略を採用する企業は、他から見 ると、なかなか将来の特許パワーの状況を評価できないという不確定性の鎧を着ているということができます。 相手方が、自分自身の特許パワーの構造に大きな不確定性を抱えている場合、特許性はあるが、ほとんど脅威にも ならない相手方の特許出願に審査請求をするなどして、相手方が重要な特許に割り当てる資源を減少させるとか、 何が重要な特許なのかの判断を誤らせるという策を採用することもできます。
また、ライセンス交渉においても、相手からみた自社の不確定性を利用して交渉を有利に進めることもできます 。なぜなら、1つの特許をつぶしても、その後ろにまだまだ強大が特許パワーが控えているかもしれないが、それ を確認するには膨大なコストと時間がかかるという状況を形成するということもできるからです。
出願件数や特許件数は多いが、どの特許権が実際に他社に対して権利行使可能な重要なものであるかを認識してい ない場合、自分にとっても自社の特許パワーの不確定性が高い状態であることになります。しかも、件数が多い分 だけ、有力な特許権の抽出のコストや時間がかかることになりますので、調査しても有力なものが見つからなかっ た場合、時間と費用のロスおよび相手との交渉上のロスが発生しますので、時間と費用のロスだけでも避けようと して、安易に妥協する道を選ぶかもしれません。

その意味で、常に自社から見た自社の特許パワーに関する不確定性を減少させ、相手方からみた自社の特許パワー の不確定性を増大させる努力が必要です。これは、多くの特許権を抱えるほどに重要になります。また、相手方か ら見た相手方の特許パワーの不確定性を増大させる努力も重要です。
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